震災復興撮歩記(撮り歩き)

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zoom RSS 牡鹿の今   浜めぐり 前網 A

<<   作成日時 : 2013/03/02 18:06   >>

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仙台から見て表と裏ということだと思うが、太平洋側は裏浜、仙台湾のほうは表浜という。今ほど交通が発達してなかった頃、その気質も裏は荒っぽく、表はのんびりとはっきりしていた。

画像かつて裏浜と女川は特につながりが強く、カツオやサンマの漁期には、大勢の浜人が出稼ぎにきた。さらには女川で一旗揚げる人もいた。自分も仕事の関係で、鮎川までの各浜を何度となく訪れたものだ。しかし、なぜかこの前網には縁がなかった。そんなわけで今回は真っ先にここを訪ねた。 
画像鳥居の柱が見える、笠木は落ちていた。 
画像参道は民家のわきを通り林の奥へ。 
画像石段寄進の石碑があったが、なかなかしっかりした石段だ。
境内には灯篭、狛犬があり、こじんまりとしているが様式的には整っている。 
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画像社殿も丁寧に維持されている。 
画像何と読むのか、いろいろ調べたが、この名前の神社名の記載は見当たらない。浜の人は五十鈴神社の名で呼んでいる。地元の詳しい方に聞いてみたい。 
画像奉納額は軍人の集合写真。説明が付されてないので詳細は不明。見事な軍人さんの整列だ。 
画像石版製の額。 
画像幣殿。 
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画像坂道が多いので太鼓は担いで回るようである。 
画像社殿のわきにあるのは三国神社の分祀。比較的新しい。 
画像この辺りで三国神社といえば大六天山のそれを指すが、前網も大六天山崇拝の浜に属しているのかな。 
画像 
画像この界隈ではあまり記憶にない、神社の屋根のしゃちほこ。瓦の屋根も葺き替えてそれほど年数がたってないようである。 
画像参道からそれた民家の下にあるのは、山神様かな。 
画像その下に枯れた欅のご神木がある。かなりの古木だ。
画像さらにその根元に、観音様が立っていた。 この辺りまで津波が押し寄せた跡があるが、かろうじて残ったのか。
画像左に船の陸揚げ場があるだけの小さな浜だ。 
画像急こう配の坂をのぼりながら寄磯へ向かう途中に、小さな作業場があった。ここでばったり出会ったのは、かみさんが勤めていた会社には、前網や寄磯から大勢の女工さんが働きに来ていた。その中の一人の方だった。久しぶりの再会に道路の端で長い立ち話となった。 
画像ご主人に話を聞いたら、ホヤの種付けの準備だという。 
画像ドリルで殻に穴をあけ、ロープに取り付ける。 
画像そして向こうの入り江にある筏につるすという。
新築してまだ数年の大きな居宅が流されたとか、幸い何とかローンも返済し、この高台の近くに家を再建すると張り切っていた。まるで津波のことなどすっかり忘れているようなたくましく陽気な浜の人たちといると、こっちも元気になる。頑張ってください、また来ます。 
春の山もいいが、こういう陽気の日には浜でのんびりするのも、おつなもんだ。

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