震災復興撮歩記(撮り歩き)

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zoom RSS 牡鹿の今   浜めぐり 寄磯 @

<<   作成日時 : 2013/03/04 19:04   >>

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いつの間にかこの浜めぐり、神社があれば集落の再興を祈願し、お寺があれば近在の犠牲者の御霊を弔うミニ慰霊行脚となった。

画像前網から山道をさらに進むとお寺への道を左に見て、寄磯へは下り勾配となる。
寄磯はよりいそというより「よりぃそ」と呼ぶ感じで、前網は「めぇあみ」が通る。かつて「マエアミビーチ」とふざけて云う奴もいたが、昔は知らず、今前網に砂浜はなかった。 
画像その分岐に、小さな仮設の診療所がある。浜のおばちゃんが自慢していた、「おらほに、すんりょうじょあんだど」 
画像駐車場から遠く雄勝半島、出島が霞む。 
画像停泊中の巡視船。 
画像ちょうど昼時で寺の境内で昼食をとることとし分岐を左に進むと、山中に立派な工場が現れた。ホヤ、ホタテの絵柄がある加工場。昼時で無人のようだ。 
画像ここから石投山が見えた。 
画像ここは事務所だろうか、コンテナのペイント画がすばらしい。 
画像ひじきがいっぱいに干してある広場にはおばあさんとワンコが散歩・・・・ 
画像ワンコのこの顔、パンダだ!! 
画像この車道は寄磯集落の上を通っており、ところどころに仕事場が現れる、しばらく走ると道は下りとなり、終点がお寺の駐車場だった。
門柱に大慈山祭徳寺とある。宗派は曹洞宗の寺だ。 
画像 
画像山門はかなり古そうだ。 
画像本堂。 
画像
画像庫裏。 
画像桜の古木。 
画像記念碑、大正5年の植樹。 
画像この寺の先は磯になっており、おばあさんが一人、大きな荷を背負って山を越えようとしているので途中まで車に乗せることに。浜にいながら山越えをして磯にいかなければならないとは何とも不便だが、かなりの収穫をもたらす場所のようで苦労の甲斐があるのかも。 
画像寄磯の浜へ下りる。かみさんの旧知を訪ねながら、浜の上の仮設やら、それらしきところを探し回るが、なかなかこんな狭いところでも見つけにくいもんだ。生憎みな留守で、かみさんがさらに上の方へ探しに行ってる間、近くの神社を訪ねてみた。
まるでいらっしゃいとでも言いたげな、かわいい狛犬が石段の下にちょこんと座っている。 
画像無残な姿の鳥居、石段の上の社殿は流されたようだ。 
画像基礎の周囲は枯草に覆われている。 
画像海にせり出した崖には、結構大きな家が立ち並ぶ。 
画像その近くに見覚えのある屋号の加工場があった。もちろん今ここにいる若い何人かとは全く面識がない。昔の話をするとすぐ打ち解けて当時知り合った方たちの名をあげると、そのほとんどはもうすでにこの世にいない。震災前までの業績回復は容易ではないが、何とか自信を持ててきたと頼もしい言葉が聞けて安心した。 
画像わかめのボイル加工が終わり、今道具の手入れをしているところ。 
寄磯は北浦の尾浦と同じくなかなか一筋縄ではいかない気質のところ、この辺りの言葉で「さがすい」といわれる集落だ。なかなか商才にたけた人が多い。それだけにまだ復旧もそこそこだが、浜のあちこちで忙しく立ち働く地元の人たちの姿をみると、やはりなと感心する。

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