震災復興撮歩記(撮り歩き)

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zoom RSS 石巻 大原地区 食堂「いぶき」

<<   作成日時 : 2017/09/08 21:58   >>

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 届け物を頼まれて、訪ねて行ったのが50年前。その後、何度かお邪魔した。今は更地の周辺も、当時は、そこそこに家並みが混んでいたように記憶している。

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遠目にはごくありふれた古い民家。外観は震災前とあまり変わってはいない。


参照  http://openjapan.net/project/ibuki



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玄関前の植木が枯れたか、伐採されたか、ずいぶんとすっきりした庭に変わっていた。



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広いウッドデッキ。ここで食事できれば最高だが、テーブルも椅子もない。

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蔵の材料を利用したベンチ。

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目の前はどこまでも防潮堤。



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復旧途中の蔵。津波で損傷を受けたのだろうか、後ろ半分はすでに解体されていた。

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大がかりな補修になったようだ。

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 玄関。
 家は典型的な当時の間取りで、玄関を上がるとすぐに客間、そして中間、奥座敷と続き、縁側は周り廊下で、その奥にトイレがある。

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客間と中間は食堂、

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玄関わきの小部屋は靴の販売コーナー。



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天井がすすけて何度か何かの部屋だろうか、ここも食堂にあてられていた。小窓から水平線が見える。


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 中間の神棚。津波の被害はここまで及ばなかったはずだが、古いお宮さんはどうしたのかな。今は、戸障子がなく、結構室内が明るいが、当時はずいぶん暗い印象だった。

 
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周り廊下もフルに活用。かつて、この庭の植え込みで部屋が薄暗い感じだった。



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縁側のあたりは、ほぼそのままの状態にある。



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 「秘伝のとりがら定食」 880円。ごはんがてんこ盛りで、老人にはちと盛りすぎ。平日にもかかわらず、席は満杯。やはり、客の大半は工事関係者。


  
 ブログを編集しながら、この屋敷が当時訪ねた家かどうか、事実を確認していないことに気づいた。たたずまいが、記憶とほぼ合致していたことに間違いないとばかり決め込んでしまっていたのだ。次回、確かめよう。
 民進党の安住淳氏の生家で、当時、海軍将校だったおじいさんが健在だった、またのちの牡鹿町長の淳氏の父君が、中学の教職についておられた頃だ。淳氏が生まれて間もない頃のことである。




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